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東京高等裁判所 平成2年(ネ)2385号 判決

控訴人 甲野花子

訴訟代理人弁護士 長屋憲一

同復代理人弁護士 松田隆次

被控訴人 甲野交通株式会社

代表取締役 甲野一郎

訴訟代理人弁護士 佐藤充宏

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の平成元年五月一三日開催の株主総会における甲野一郎、甲野二郎、乙山春夫、丙川夏夫、丁原秋夫、戊田冬夫、甲田松夫を取締役に、乙田竹夫を監査役にそれぞれ選任する旨の決議が存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

一  控訴人

1  主文第一、第三項と同旨

2  (主位的請求)

主文第二項と同旨

(予備的請求)

主文第二項記載の決議を取り消す。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者双方の主張

当事者双方の事実主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示(事案の概要)と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

仮に、甲野太郎(以下「太郎」という。)から控訴人への株式譲渡が被控訴人に対する関係でも効力を生ずるためには取締役会の承認が必要であるとしても、一人株主であった太郎は、妻であり被控訴人の代表取締役でもあった控訴人に株式五〇〇〇株を贈与しながら、控訴人が会社経営等につき意のままにならないとわかると、経営に全く関与していない名目的取締役によって構成され、それまで開催されたこともなく形骸化していた取締役会を招集し、控訴人を代表取締役から解任する決議をさせるとともに右株式譲渡を不承認とさせて、自らした株式の贈与の効果を実質的に失わせようと謀ったものである。したがって、こうした太郎の意を受けた被控訴人が、本件株式譲渡の承認を拒否する正当な利益を有しない取締役会の不承認を理由として控訴人を株主と認めないことは著しく正義に反し、権利の濫用であって許されない。

(被控訴人の認否)

控訴人の右主張事実は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  争点1について

《証拠省略》を総合すると、控訴人は、昭和六三年八月当時被控訴人の代表取締役であったが、同月一日、当時被控訴人の株式の全部を保有する株主であった太郎との間で、同人から被控訴人の発行済株式総数一万株のうち五〇〇〇株の贈与を受ける合意をしたこと及び被控訴人は、同月一一日、五〇〇〇株券二枚を発行して太郎に交付し、同人は、五〇〇〇株についての控訴人への名義書換が終了したのちその記載がされた株券一枚を控訴人に交付したことが認められ、これに反する証拠はない。

二  争点2について

被控訴人の定款に、株式譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めが存在すること及び控訴人が右認定の株式譲渡について取締役会の承認を得ていないことは当事者間に争いがない。

そこで、以下この取締役会の承認を得ていない株式譲渡の被控訴人に対する効力について検討する。

商法二〇四条一項但書が定款の定めにより株式譲渡に取締役会の承認を要するものとすることを認めたのは、株主の個性や株主の持株割合のいかんにより重大な影響を受ける小規模の株式会社において、好ましくない株主の出現を防止することによって会社経営の安定を図り、もって譲渡株主以外の株主の利益を保護するためであって、どのような株主が会社にとって好ましくないかの判断を取締役会に委ねたものであると解される。そして、太郎は、被控訴人の発行済株式総数一万株の全部を保有し、そのうちの五〇〇〇株を被控訴人の代表取締役である控訴人に譲渡したのである。

ところで、株主は、会社の存立の基礎をなす存在であり、その意思を会社の運営に反映させるための機関である株主総会は、株式会社における最高の機関であって取締役会の上位にあること及び右に述べた商法二〇四条一項但書の趣旨によれば、同規定が株式の譲渡の承認を取締役会の権限としたのは、その処理を迅速かつ円滑に行うためであって、事柄の性質上それを株主の意思に委ねることが不適当であるためではないと考えられることからすると、定款に譲渡制限の定めがある場合において、特定の株式の譲渡につき株主全員の承諾があったときは、取締役会の承認がなくとも、その譲渡を会社に対する関係においても有効に行うことができるものと解すべきである。そして、このことは、一人の株主が全株式を保有する、いわゆる一人会社の場合においても同様であるということができる。

そうとすれば、本件においては、一人会社の株主である太郎がその意思によって保有株式の一部を控訴人に譲渡するというのであるから、太郎は、取締役会の承認をまつまでもなく、これを控訴人に有効に譲渡することができるものである。したがって、控訴人の主張する太郎から控訴人への右五〇〇〇株の譲渡は、その合意と株券の交付とにより被控訴人に対しても効力を生じたものというべきである。

三  被控訴人の平成元年五月一三日開催の株主総会において、甲野一郎、甲野二郎、乙山春夫、丙川夏夫、丁原秋夫、戊田冬夫、甲田松夫を取締役に、乙田竹夫を監査役にそれぞれ選任する旨の決議がされたとして、平成元年五月一八日にその旨の登記がなされたこと、右株主総会については、控訴人に対する招集通知はなされず、控訴人の出席もなく、株主として太郎が出席したのみであったことは当事者間に争いがない。そうすると、右株主総会は、発行済株式総数の二分の一を有する控訴人に対する招集通知を欠き、その出席もないままに行われたものであって、このような株主総会は、その手続に著しい瑕疵があり、株主総会として存在したといえるだけの外形を有するものと解することができないから、法律上不存在であるというべきである。

四  よって、控訴人の主位的請求及び予備的請求を棄却した原判決は失当であるからこれを取り消し、右主位的請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橘勝治 裁判官 小川克介 南敏文)

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